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イベントレポート

第1回 7月31日(土)
市民と海でつながる東アジア~放射能汚染水海洋放出と近隣諸国の市民社会動向

日本政府による福島第一原発からの放射能汚染水海洋放出の決定は、東アジアの近隣の国々にも波紋を広げています。第1回Future Dialogueでは、FoE Japan事務局長の満田夏花(みつた・かんな)さんに汚染水処理の現状と問題を解説いただくとともに、環境・平和イベント「東アジア地球市民村」(2013~2015年度企画助成)のコーディネートを担った中国の朱惠雯(シュ・ケイブン)さん、台湾の環境NGO「地球公民基金」兼任研究員の陳威志(ダン・ウィジ)さん、日韓市民社会交流に取り組みabt理事もつとめる曺美樹(チョウ・ミス)さんに、それぞれ中国・台湾・韓国の汚染水海洋放出をめぐる市民社会の動向を報告していただきました。


講演1:満田夏花(みつた・かんな、国際環境NGO FoE Japan事務局長)
「汚染水処理をめぐる現状と問題」放射性物質は海洋に放出するのではなく、一カ所で集中管理を行なうべき

満田夏花/国際環境NGO FoE Japan事務局長

地球・人間環境フォーラム主任研究員を経て、2009年よりFoE Japanにて、日本の資源調達や開発援助が発展途上国などに及ぼす影響について取り組む。2011年3月11日を境に、原発事故被害者の権利や生活再建、脱原発をめぐる運動に従事。

原発から海に流れ続けている放射性物質をこれ以上放出してはいけない

アクト・ビヨンド・トラストの設立10周年おめでとうございます。市民運動・環境運動における重要なテーマへの支援に感謝します。私からは、福島第一原発の放射能汚染水海洋放出の現状と問題について概要をお話しさせていただきたいと思います。

写真は、福島県いわき市のみなさんが「汚染水を海に流さないで」とスタンディングをしているところです。福島県では「これ以上海を汚すな!市民会議」という市民団体がいわきや郡山、会津などで活発にスタンディングをしており、今年4月13日の政府による汚染水の海洋放出の決定以降も、毎月13日に同様の活動を続けていこうと呼びかけています。

まず私の基本的な立場を説明したいと思います。私は、汚染水の海洋放出に反対しています。放射能はこれ以上海に流すべきではありません。過去も現在も放射性物質が海に流され続けているのは事実です。しかし、それをもって、これ以上海に放射性物質を流してよいという理由にはならないと思っています。

私は、原発自体にも反対しています。理由はさまざまありますが、原発が放射性物質を環境中に放出せざるをえないこと、核のごみをはじめ長期にわたる負の遺産を残すことが反対する理由のひとつです。日本だけではなく、どこの国であっても原発はやめるべきだと考えています。残念ながら、福島第一原発事故によって大量の放射性物質が環境中に拡散されてしまったのですが、そういった放射性物質は一カ所に集めて集中管理を行なうべきではないかと考えています。

タンクに貯まっている水は「処理水」ではなく「処理汚染水」

政府は海洋放出する汚染水を「処理水」と呼んでいるわけですが、汚染水発生のメカニズムについて、もう一度振り返ってみたいと思います。今、事故後の原子炉内には燃料デブリが溶け落ち、いろいろな構造物が混じり合ったものがあって、それを水で冷却しています。原子炉がある建屋の中には大量の地下水が流れ込んでいます。この冷却水と地下水とが混じり合って発生した汚染水を何段階かにわたって処理をしたものを、「処理水」としてタンクで保管しています。

その何段階かの処理過程のメインとなるものが多核種除去装置(ALPS)です。これは62種類の放射性物質を取り除くために設計された浄化装置です。これを通しているため政府は「ALPS処理水」と呼んでいますが、現在タンクに貯蔵されている水は、政府の定義から見ても「処理水」とは呼べない状況であることを後にご説明します。

処理を経てタンクに貯蔵した水を「汚染水」と呼ぶか「処理水」と呼ぶかですが、正確にいえば処理はされています。しかし、この水にはトリチウムおよび、それ以外の放射性物質が残留しています。ですから、建屋内にある濃い汚染水と区別するために、私自身はこれを「処理汚染水」と呼んでいます。

このタンクの中に貯まっている「処理汚染水」には、約860兆ベクレルのトリチウムが残留しています。それ以外に、建屋内に1200兆ベクレルくらいのトリチウムがあると試算されていますから、合わせて2000兆ベクレルくらいのトリチウムがあることになります。

ちなみに、普通の原発からもトリチウムは放出されています。福島第一原発では、原発事故の前は数兆ベクレル、2010年の場合は年間約2兆ベクレルを海に流していました。ですから、放出する「処理汚染水」のトリチウム量は稼働時の約400年分という計算になります。原発の型によって放出量は異なりますが、韓国の古里(コリ)原発の場合は1年あたり40兆ベクレルが出ているといわれています。また、再処理施設からは大量のトリチウムが放出されていて、年間1京ベクレル、1兆の1万倍というレベルのトリチウムが出されている施設もあります。

「処理汚染水」にはあらゆる放射性物質が残留している

トリチウムは世界中の原発から放出されています。経済産業省の説明資料を見ると、それを強調した内容になっており、暗に「世界中の原発からトリチウムは放出されているから日本だって放出してもいいでしょう」という説明になっています。

しかし、福島第一原発事故の「処理汚染水」が特殊なのは、トリチウムだけではなく、セシウムやストロンチウムやヨウ素129などの放射性物質も残留しているところです。「処理汚染水」は燃料デブリに触れた水です。だから、ありとあらゆる放射性物質が残留していてもおかしくない水なのです。

タンクに貯蔵されている「処理汚染水」の7割は、トリチウム以外の放射性物質濃度が環境放出基準値を超えており、なかには基準の2万倍の濃度のものもあります。とくにストロンチウム90が濃い部分がある。東電はこれを「二次処理をして基準内に収めます」と言っています。つまりもう一度ALPSで処理をするということなのですが、どのような種類の放射性物質が最終的にどのくらい残留するかは説明しておらず、それを聞いても回答してくれないという状況です。

政府は海洋放出を決定するにあたって、この「ALPS処理水」についてわざわざプレスリリースを出して、「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水のみを『ALPS処理水』と呼称する」と定義しています。この定義に従えば、建屋内に残っている水は「汚染水」ですが、では「タンクに貯まっている水のうち、トリチウム以外の放射性物質が基準を超えている7割の水は何と呼ぶか」という質問主意書を国会議員が提出しました。政府はそれに対して「決まっていません」という回答をしたのですが、名もない水というのは不便らしく、市民への説明では「処理途上水」という言い方をしています。つまりタンクに溜まっている水の7割は「処理途上水」ということになります。残り3割の、トリチウム以外の放射性物質が基準以下になっている水のみが、政府の定義に従えば「ALPS処理水」ということになるわけです。

大量の海水で希釈してもそれは直接海に流すのと同じこと

今年4月13日に、日本政府は海洋放出をすることを決めました。これから準備期間の2年間で必要な許認可を得て、設備工事を行なうことになっています。その後、30年以上かけて、政府のいう「処理水」を放出していくわけですが、年間のトリチウム放出量は22兆ベクレルを下回る量にするそうです。トリチウム以外の放射性物質については、基準を下回るまで再処理を行なう。トリチウムについては、タンクの水のトリチウム濃度は平均約60万ベクレル/Lなのだそうですが、それを1,500ベクレル/L未満になるように大量の海水で希釈する、ということです。そのほか、風評被害を抑制するべく対策を講じるということで、多額の予算をつけて東電が「安全です」というビデオをつくり、復興庁のYouTubeで流しています。

東電がつくった[海洋放出設備の概念図]によると、汚染水はALPSに通して構内貯蔵タンクに貯蔵されています。そのうち7割は基準を超えているので二次処理をして、サンプルタンクに送ります。その後、大量の海水を汲み上げて管に流し、サンプルタンク内の水をそこに合流させて排出します。この処理によって、海水と処理水を混合した排水の排出口でのトリチウム濃度が理論上1,500ベクレル/Lになるように調節するといいます。これだったら海流の速い海に直接投棄するのと同じことじゃないかと私は思っていますが、東電の計画ではそうなっています。タンクから送り込む処理水の量が1日あたり最大500トンに対し、それを100倍くらいの海水で薄めるので、相当な量の水が動くことになります。このようにして福島第一原発の近傍の海で流すのですが、1㎞くらい沖合に行って放出するのか、それとも沿岸で放出するのか、そのあたりはまだ決めていないようです(※注:8月25日、東電は海底トンネルを建設し、1㎞沖合で放出する案を発表した)。

漁業者との約束を反故に。問題の多い決定プロセスだった

海洋に放出するトリチウムは、水素の仲間(同位体)であり水分子の形で存在するため除去処理が難しく、運転中の原発からも出てしまっている放射性物質です。トリチウムの健康リスクは「ない」「安全だ」と政府は説明しています。しかし、トリチウムは水素の一種なので、有機化合物を構成する水素と置き換わり、有機結合型のトリチウムとして生物の体に取り込まれて濃縮するという論文があります。あるいはDNAの中に入り込むと、トリチウムがβ線を出しながら崩壊してヘリウムに変化する際、1崩壊につき2カ所以上DNAを切断する。そのときにDNAが破損するなどの影響が生じると、そういった指摘もあります。

私が所属している「原子力市民委員会」は海洋放出に反対し、その代替策として大型タンクで保管する案、モルタル固化処分をして半地下で保管する案を提言しています。しかし、こうした市民の提言は、ちゃんと検討されていません。漁業者も海洋放出には繰り返し反対していますし、その背景にはこれまでの東電への不信や、漁協が事故後に一歩一歩積み上げてきた復興への努力を無にするような風評被害への恐れがあります。私が聞き取りをした範囲では、やはり「得体の知れないものを海に流してほしくはない」という気持ちも強くあるようでした。政府と東電は「関係者の理解なしには処分をしない」と言っていたのですが、今年4月13日、海洋放出という処分を決めてしまったわけです。漁業者との約束を反故にしたことを問われると、経産大臣も東電も「今後、理解を得るよう説明をする、努力をする」というようなことを言っています。とても問題の多い決定プロセスだったと思っています。


講演2:市民社会からの報告(中国から) 朱惠雯(シュ・ケイブン)
市民社会交流によって環境や原発について対話をする場を広げたい

朱惠雯(Fancy/ZHU Huiwen)/日中市民社会ネットワーク事務局長

上海出身。2001年に来日。留学中、東アジアの環境活動に参加。卒業後、仲間と「日中市民社会ネットワーク」を立ち上げ、環境・高齢者・災害支援などをテーマに、人材育成や民間の交流事業を企画・実施。2014年から環境・平和イベント「東アジア地球市民村」をコーディネート。

環境問題に取り組んできた日本がなぜ汚染水の海洋放出をするのか

「日中市民社会ネットワーク」の朱惠雯(シュ・ケイブン)と申します。私たち「日中市民社会ネットワーク」も、立ち上げてから今年で10年目になりました。活動を始めた最初の年からabtから助成金をいただいて一緒に大きくなってきたという感覚があり、感謝しております。私は、環境・平和イベント「地球市民村」というネットワーク活動もしていますが、その中でも放射能汚染水の海洋放出はとても関心の高いテーマです。今日は、主に中国の市民たちがこの海洋放出問題に対してどんな反応を見せているかについて簡単に説明をいたします。私の目で見たこと、個人的な感想になりますが、そのまま伝えられたらと思います。

私は今、東京に住んでいまして、中国の人たちとのやりとりは多く、主にオンラインで仕事をしています。中国のニュースや検索のランキングは毎日チェックしていますが、今年4月に福島第一原発の汚染水放出のニュースが出たときは、一気にランキングのトップニュースになっていました。ネット上の書き込みを見ると、一般市民はすごく強く反発しています。一方、NGOやNPOなど、中国の環境団体や市民団体の反応はさまざまでした。普段からそうした団体と付き合いがある私たちには、彼らからの問い合わせが多かった。彼らの反応には「理解できない」「信じられない」という気持ちがあるわけですね。なぜかというと、中国の環境NGOから見れば、日本は環境の問題に対して今までよくやってきた、しっかりと取り組んでいたという感覚があり、中国はたくさんのことを日本から学んできた。だから、環境優等生の日本がそんなことをするとは信じられなくて「本当ですか?」「日本の国民はどう見ているんですか?」「日本の環境NGOはどう考えているんですか?」と知りたがるわけです。そうした質問に対して、私が付き合いのある日本の環境団体はどこまで政府の決定に関与できるかなど、自分なりに彼らに答えていたので、abtの代表理事・星川さんにも相談して、「ぜひ海洋放出について東アジア近隣諸国の市民が情報交換をする場をつくりたい」という話をしました。

海洋放出問題をきっかけに中国の一般市民に向けて環境教育を進めていく

中国の市民社会、特に環境NGOの人たちは、汚染水の放出に高い関心をもっています。しかし、中国政府は原発を推進する方向なので、民間人が反対できない状況があり、情報も知識も少ない。中国では原発に関する議論がほとんどされておらず、政府による原発建設計画の情報が事前に国民に知らされることもない。だから、反原発を掲げて活動する団体はほとんどありません。中国の市民社会の反応の前提にはそのような状況があると思います。

ただ、その中でも「汚染水の海洋放出はいけない」と考えるNGOやNPOもあって、海洋環境保護などに携わる81団体が署名運動を起こして、正式に声明を出しました。それは日本政府に対して、「科学的な根拠があるとしても、汚染水を海洋に放出することで生態系に対してどれくらいの影響があるのかわからない。放出は慎重に行なってほしい、情報公開をしてほしい」という内容でした。

中国の環境団体にとっては、この海洋放出の件をぜひ将来に活かしたいという思いがあります。中国国内ではいろいろな環境問題が深刻化しており、一般市民を対象に環境教育を行なう団体も増えています。原発や地球環境について関心を高めてもらう啓蒙活動の機会として、この汚染水問題をとらえている部分もあります。

東アジアの市民が対話や議論をする場ができればきっと社会は変わる

一般市民の反応についていえば、まず中国人は日本に対して複雑な気持ちを持っています。反日感情もあるのですが、同時に興味もあります。関心が強い。日本で何か起きればすぐにニュースになるし、ネット上にはたくさんの書き込みがある。だから、汚染水の問題への反応が強かったのは、相手が日本だからこそという部分もあります。

それともうひとつ、中国人は自分たちの命や健康に影響が及ぶことにはすごく敏感です。福島第一原発事故が起きたときにも、日本にいると人々はそこまで気にしていないように見えましたが、中国で事故を知った親からは「マフラーで首を隠して、ヨウ素が入っている塩を食べなさい」と言われました。当時、中国ではその塩が一気に店頭からなくなる現象もありました。このような、中国人が常にもつ命に対する本能的な危機感が市民からの反発の背景にはあると思います。

先ほども言ったように、中国の一般市民は海洋放出に反対していますが、原発に関する知識も情報も十分とはいえません。中国政府は原発をたくさん造ろうとしているので、市民が政策に対して反対をする余地もありません。また、中国には科学技術に対する信仰もあります。歴史上、戦争で侵略されたのは自国の科学技術が弱かったからだと考え、科学技術の進んだ強国を目指すのが政府の方針です。中国政府は、科学技術で原発をコントロールすることで、国民が豊かな暮らしができると信じ込んでいます。しかし、これからは近隣諸国と市民社会交流をして、私たち市民が原発や地球環境について対話や議論をする機会をもっとつくれれば、このような思い込みはきっと変わると思います。


講演3:市民社会からの報告(台湾から) 陳威志(ダン・ウィジ)
原発をめぐる問題について東アジアの市民が議論をすること自体に意味がある

陳威志(TAN Uichi)/台湾の環境NGO「地球公民基金」兼任研究員・日台翻訳

一橋大学社会学研究科博士課程在籍中。現在台湾在住。大卒後、台湾の環境運動団体に就職し、脱原発・エネルギーシフトについて取り組んでいた。その間、日本の住民運動団体との交流があり、それを機に日本留学を。以来、台湾と日本社会の相互の理解を深めるための交流、取材、研究、翻訳に携わってきた。3.11以降は原発事故の後始末、食の安全や復興の現状に関する取材で何度か福島に足を運んだ。

福島第一原発事故後、反原発運動が再び盛り上がった台湾社会

陳威志(ダン・ウィジ)と申します。僕は一橋大学社会学研究科に在籍しているのですが、ここ数年は台湾に戻って環境NGO「地球公民基金」の研究員として活動しています。今日は汚染水海洋放出と台湾の市民社会動向について報告していきたいと思います。

まず汚染水海洋放出の話をする前に、背景として台湾の現状をお話しします。ご存じの方が多いかと思いますが、台湾では福島第一原発事故のインパクトが大きく、停滞していた反原発運動がそれを契機に再び盛り上がりました。その結果、民進党政権が「2025年に脱原発」というエネルギー政策を掲げるに至りました。

脱原発政策の実現にあたっては、日本と同じく再生エネルギーの拡大といった問題があります。同時に、福島第一原発事故を受けて稼働を凍結した台湾第四原発も課題となっています。この2021年末には、台湾の原発推進派の発案により、第四原発の稼働を求める国民投票が行なわれる予定です。

福島第一原発事故の教訓が活かされた台湾社会では、汚染水の海洋放出はどのように受け止められているのでしょうか。すでに事故から10年が経過して忘却されつつあったのですが、海洋放出問題は、事故の記憶を蘇らせることにつながる可能性をもつのではないかと僕は見ています。

2020年から2021年にかけて、反原発に取り組む台湾の環境NGOなどはいろいろな行動を起こしてきました。たとえば、2020年の5月、日本の資源エネルギー庁が汚染水の処理方法について意見募集をしていたわけですが、台湾の23の環境団体が、対台湾窓口機関に当たる日本交流協会に放出反対の意見書を提出しました。その後も台湾の37の団体が、満田さんたちが呼びかけた「福島原発事故10年、汚染水を海に流さないで! 原発もうやめよう!」国際署名の呼びかけ団体に参加しました。また、台湾の環境団体は、台湾外交部(日本の外務省に相当する行政機関)に対して、台湾社会の意見を日本政府に伝えることを求めています。その理由としては、汚染水が生態系を壊し海を汚すのではないかという懸念や、近隣諸国に原発使用の高い代償を負わせることへの反発などがあります。

脱原発政策を掲げる与党と、原発推進派の野党の反応の違い

そのような環境団体の要求に対して、脱原発を掲げる民進党・蔡英文政権の反応はどうかというと、日本に対してそれほど強く出ているとはいえません。台湾外交部は海洋放出に対して日本に厳正な申し入れを行ないましたが、言葉上は「遺憾」という表現にとどまっています。つまり海洋放出に賛成はしていないものの、明確な反対の意思を伝えるものでもなく、曖昧な態度をとっています。これはおそらく日本と台湾の友好的な関係を壊したくないという意向のもと、日本政府への厳しい批判を避けたい思惑があったからだと考えられます。

脱原発を掲げる現政権が海洋放出を強く批判しない現状に対して、野党側はどうかというと、台湾の最大野党は国民党です。国民党といえば、歴史を知っている日本のみなさんはご存じでしょうが、蒋介石が総裁だったあの国民党ですね。国民党は台湾に原発を導入した政党ですから、本来は原発推進の立場であり、海洋放出には反対しないはずでした。しかし、反日的な党の姿勢と民進党政権を批判したい思惑により、海洋放出への反対を表明しました。その際の国民党の具体的な反対理由には、健康への懸念や漁業を守りたいという主張が挙げられており、日本政府に対して強く抗議する意思を4月中旬に示しました。

国民党にとって重要なのは、日本政府への批判よりも民進党政権への批判です。政権の申し入れが「遺憾」という表現にとどまったことは「対日弱腰の表れ」であると批判しました。しかし、原発推進の立場である国民党の真の主張は、国民党の外郭団体「原子力流言終結者」つまり「原発に関する噂を止める人々」と名乗る団体が代弁しています。この「原子力流言終結者」は、東電と日本政府の主張に100%賛成しており、震災以降も放射能無害論や日本原発再稼働支持論を言い続けてきたのです。

汚染水海洋放出は原発が市民にもたらす社会的代償について再考する契機になる

一方、台湾の原子力の専門家はどのように反応したのか。彼らの主張は簡略にいうと、「トリチウムだけでは問題はないが、東電と日本政府が言っていることは完全に信用できるものではない。放射性物質のモニタリングを持続的に行なっていくことは重要だ」というものです。

台湾の問題は、いわゆる原発反対派の背後には、海洋放出の反対を応援する専門家がいないということです。その結果、われわれ市民団体は、日本の環境NGOや、日本の反対派の専門家たちの情報だけを頼りにしています。そのため、われわれが反対する論拠は「生態系に影響を与えるおそれがある」という曖昧な表現にとどまっているのです。海洋放出や原発に反対するためには、個人的には、満田さんが言及した「放射性物質の集中管理の原則に違反する」という反対理由にヒントがあるような気がします。

いずれにしても、われわれはこれから進めていく国際的な交流の中で、議論を通じて何を訴えたいのか――東電、日本政府、原発の何がいけないのか――もう一度確認する必要があると思います。そのような議論自体に意味があると僕は思います。たとえばトリチウムが危険であるかどうか、いわゆる「処理水」にどれくらい他の放射性物質も含まれているのかどうか議論することで、福島第一原発事故の影響について、原発の社会的代償について、再考する契機になると思います。少なくともこのような議論をすること自体が、原発事故がまだ終わっていないことを意味しているのではないかと考えます。


講演4:市民社会からの報告(韓国から) 曺美樹(チョウ・ミス)
汚染水放出問題から自分の住む国や地域の原発についてもう一度考え直したい

曺美樹(CHO Misu)/abt理事・日韓翻訳&ラジオパーソナリティ

日本で国際交流NGOのスタッフとして従事後、現在は韓国在住。韓国ニュースの翻訳、日韓の市民社会活動をつなぐ交流のコーディネート、平和教育に関する活動に関わる傍ら、KBS World Radio 日本語放送「土曜ステーション」のパーソナリティーを担当している。

日本政府が決定した海洋放出に複雑な反応をみせる韓国社会

続きまして韓国から報告させていただきます。私は韓国在住でabt理事の曺美樹(チョウ・ミス)と申します。朱さんと陳さんのお話を聞いて、とても興味深いなと思いました。日本の人にとっては、東アジアの中でもとくに韓国からの反応に関心が高いと思われます。どうしても日韓関係の悪化が負の影響を与えているため、「韓国人は汚染水放出反対と言っているけれど、韓国でも汚染された水を原発から流しているじゃないか」という言説が日本から挙がったり、満田さんのお話にもありましたが、「韓国の古里(コリ)原発や月城(ウォルソン)原発からも同じくらいの量のトリチウムが出ている」、だから「日本に文句を言うな」という論理になったりしがちですよね。「韓国は反日感情をむき出しにして何でも反対している」という言説も残念ながら見られます。

けれど、朱さんと陳さんが一般の市民や環境団体、与党と野党の反応の違いをお話しされていたように、意見がひとつだけであるという状況は韓国でも存在せず、「韓国がこういう意見を述べている」ということはあり得ません。政府においても与党と野党、学界においても原発推進派と反対派、そして市民社会の声、それぞれが各人各様の意見を述べています。ですから、全部の意見をお話しすることはできませんが、私からは主に韓国政府の反応はどうだったのか、市民社会の反応はどうなのかということをお話しさせていただきます。

今年4月13日に日本政府が海洋放出を決定したときに、韓国政府はまず反対の立場を示したうえで、日本政府に3つの条件を要求しました。ひとつは、日本政府は十分な科学的根拠を出すこと。そして、海洋放出を日本単独で決定するのではなく、事前に隣国である韓国政府と十分な協議をせよ。さらに、IAEA(国際原子力機関)が福島に派遣する国際検証団の検証過程に韓国の専門家が参加すること。

このとき、これもまた微妙なところなのですが、韓国政府としては反対という姿勢を出しつつも、チョン・ウィヨン外交部長官は、これらの3つの条件が整えられるのであれば、そしてIAEAの国際基準に適合する手続きに従うのであれば、「海洋放出にあえて反対はしない」という発言をしました。この発言は韓国の国内で大きな波紋を広げました。3条件の中で、IAEAの検証団に韓国の専門家を参加させよという要求は通り、7月9日に正式に韓国原子力安全技術院のキム・ホンソク博士が加わることが決まりました。

政府としては、検証団の中に韓国の専門家が入ったということで、国民の健康を守るための「最小限の安全装置を確保した」と主張しています。しかし、それに対して原発反対派の環境団体などからは、海洋放出を前提としているIAEAのモニタリングに韓国の専門家を参加させることで「同意する口実をつくってしまうのではないか」という批判も出ています。

韓国政府は日本の海洋放出を批判していますが、単純に断固反対なのかというと、そう簡単ではなく、そこには複雑な政治的攻防もあります。先ほど陳さんが台湾の与党と野党の対応の違いについて話してくださいましたが、韓国の状況を簡単にいえば、文在寅政権は政権発足時から脱原発政策を打ち出しています。脱原発に反対する保守派野党の中からは「脱原発政策は間違っていた」という主張がさまざまな方向から出ています。その流れをくんで保守派野党の一部の中では、日本の海洋放出について「冷静に日本側の意見も聞いてみよう」という容認案、擁護案も出てきています。

韓国の環境団体・市民団体は海洋放出に「断固反対」

そういう政治状況の中で市民団体はどういう反応を示しているのか。もちろん断固反対です。とても強烈に批判と反対を表明しています。4月13日の日本政府の発表直後に、環境団体・市民団体・労組などが集まって60くらいの団体が共同行動を組織し、6月には国際共同行動ということで一斉行動を行ないました。このときは全国各地で同時行動を起こして、満田さんが事務局長をつとめる国際環境NGO FoE Japanや、アジア各地、ヨーロッパや南米の環境団体とも連携して抗議行動を行なっています。主張の内容は「海洋放出を撤回せよ」「韓国政府も対策せよ」「撤回要求せよ」「水産物輸入を禁止せよ」という厳しい要求を打ち出しています。6月の全国一斉行動では路上でのデモをやっていましたけれども、今はコロナの感染拡大で大勢の人が集まることができないので、一人でプラカードを持って街頭に立つ「一人デモ」がさかんに行なわれています。漁業団体も強く反対していて、船を使って海上デモを行ったりもしています。

放射能汚染の問題を東アジアの国と国の対立の問題にしてはいけない

中国・台湾のお話を聞いた後では、韓国の反応はかなり激しく厳しい部分があると思います。というのも、福島第一原発事故が起きた直後から、韓国では放射能汚染は敏感なイシューでした。日本から最も近い地域でもありますし、情報が不透明であること、生命に直接関わること、そして自分の国ではコントロールできない問題でもあるため、とにかく声を上げるしかないということです。水産物の輸入に関しても敏感な反応を示していたことは、日本の方もよくご存じだと思います。

汚染水放出問題に関していろいろな立場の人からいろいろな声が上がっていますが、かなり厳しい反応は、韓国の市民社会の中でも見られます。路上デモで「日本政府との断交を考えろ」とか「こんなにひどいことをしている日本とこれ以上、話し合いをするな」という過激な言説も一部あります。それらを擁護するわけではありませんが、結局は日韓関係が悪化していることも影響しているのではないかと思います。国同士で不信感が募っているため政府間の話し合いができず、海洋放出の決定にあたって事前協議もできなかった状況下で、「安全です」と言われても「何を信じればいいんだ」という反応になるのも当然のことだと思います。

放出撤回を求める先というのは日本政府ですが、しかし日本の国そのものに対して「反対、反対、断固反対」という声ばかりが先に立ってしまうのは残念だなと私は思っています。原発から出ている汚染水は福島からだけではありません。自分の国にもある原発についてももう一度振り返って、「何に対しての反対」かという議論に必ずつなげるべきではないかと私は考えています。

もちろん、国を超えて市民同士で連帯していこうという動きもあります。これを機に近隣の国の市民が一緒に原発の問題を議論し、原発を抱えて生きていくのか、それともなくしていくのか、という話し合いに発展させなくてはいけない。汚染水の海洋放出問題を日韓の対立の焦点にしてはいけないと私は思っています。


ディスカッション(進行:曺)

曺:まず満田さん、中国・台湾・韓国の報告を聞いていかがでしたか。

満田:本当に申し訳ないという気持ちがあります。それぞれの国の中はもちろんひとつではなく、さまざまなグループが、さまざまな思惑から、さまざまな発信をしているということをとてもわかりやすくお話しいただいて、ありがとうございました。

日本の国内もとても複雑です。世論調査をすると、1年半くらい前の調査では福島県内の有権者の6割は汚染水の放出に反対でした。全国レベルでもそのくらいだったと思います。ただ、ちょっとずつ状況は変わってきている、安全性を強調する政府の宣伝がそれなりに効いてきているなと感じています。

福島県内では、福島第一原発の立地自治体は「汚染水の早期の処分を」という意見書を出しています。ただし、福島県内の立地自治体以外で3分の2くらいの自治体の議会は「海洋放出に反対、もしくは慎重に検討を」という内容の意見書を可決しています。もちろん漁協は反対しており、福島県の漁協のみならず、近隣県、全国レベルでも漁協は反対しています。自民党の政治家は政権与党なので、基本的には政府の海洋放出に賛成していますが、中には「漁業者との約束違反だ」と言って反対している議員もいますし、熱心に賛成している議員もいます。とても混沌としています。

韓国の反対が日本でどう受け止められているかというと、ちょっと心苦しいのですが、日本の中にも、ナショナリズムと結びついて韓国や中国を嫌う風潮は根強くあります。その文脈で、韓国政府による汚染水放出に反対する意見に対して、曺さんがおっしゃったように、「韓国だって古里原発や月城原発からたくさんトリチウムを出しているくせに」とか「自分の国の原発をそのままにして、そういうことを言うのは理不尽だ」というような声が出てくる。そこまで理解していなくても、原発や汚染水放出に反対する人は「放射脳に侵された人たち」とか、放射能問題を過敏に心配し過ぎる「かわいそうな人たち」という嫌な言い方で批判する論調もあります。あるいは、放出に反対する人たちを指して、「反日」「韓国の手先」みたいなレッテル貼りをする。私がとても心配しているのは、ネットメディアなどが面白おかしく取り上げて、そういう風潮・論調を後押しするような状況があるわけですね。

日本の国内が複雑なのにはもうひとつ、「汚染水の放出が福島の復興には不可欠なんだ」と強く訴える声も少なくありません。たとえば世論の形成に影響力のある国会議員や芸能人などがそのような発言をしています。彼らなりに福島に対する思い入れはあって、「汚染水が貯まったタンクはなくさなければいけない、廃炉のためには林立しているタンクをなくさなくてはならない、そのためには海に流すしかない、反対している人たちは福島の復興をじゃましている、福島差別をしている」と言う。また、政府の広報がそういう意見を後押しするかのように「風評被害を広げないために正しい行動をとってください」といった宣伝をしている。危険性を唱える人たちは加害者にされてしまうわけです。

そのような状況で、放射性物質による汚染の背景には原発や核をめぐるせめぎ合いがあって、健全な議論をしづらい状況が国内にあります。だから、容易に日中対立、日韓対立のタネにされてしまうおそれがあるし、反対を訴える人々を黙らせるために、福島の復興をじゃまする「悪いやつら」呼ばわりをされてしまう。日本はそういう現状です。

曺:満田さんのお話を聞いていて、私も思い出すことがありました。今回のイベント参加申し込みの際に、「WHO(世界保健機関)の訴訟で韓国の勝訴に貢献した専門家がいたら教えてください」という質問を事前にいただきました。

福島第一原発事故の後、韓国は2013年から福島県を含む8県からの水産物輸入を禁止しています。これに対して日本は「輸入禁止は根拠のないことである、安全な食品も輸入しないのは差別だ」ということで15年にWTOに提訴しました。1審は日本が勝訴しましたが、2019年の2審では逆転敗訴となりました。

このニュースは韓国でも大きな話題になって、その後も輸入禁止は継続されています。このとき韓国の勝利に貢献したのは、コ・ソンミンさんという30代の女性の事務官です。日本でいう通産省、韓国の産業通商資源部の女性事務官が法的な部分で食らいついて対応しました。1審では、日本が主張する食品の安全性ということが大幅に認められました。2審で逆転したのは、「原発事故という特殊性を考慮していなかった」ことが理由だったそうです。2審では「1審では数値での安全性のみをとって、これは安全であるから輸入しなければいけないということは間違っている。原発事故という特殊性を考慮して、自国民の安全を保護する目的から輸入を制限する韓国側の判断は間違っていない」という判決が下されました。これが最終判決となりました。

この訴訟でなるほどと思ったのは、原発事故というものすごく大変なことが、まわりの国々にとってはどれだけインパクトがあって恐ろしいことだったのかという点です。いちばん被害を受けているのは日本の市民のみなさんですけれど、日本政府の情報隠蔽のために、徐々に無感覚になっている部分はあるんじゃないかなという気がします。海を隔てた近隣国としては、もっともっと透明な情報を出してほしいし、どう考えたって危険だということをきちんと「危険だ」と言ってほしいという焦りがある。だって、あんなに大変なことが起こったのですから。

今回の汚染水放出問題も、データ云々以前に「いやいや、とんでもないぞ」という隣国の反応が起きるのは自然なことではないかという気が改めてしました。それに関して、政治的な立場で態度を変えてしまうのは、お門違いだと私は考えています。

朱:ひとつ気になったことがあります。満田さんのお話の中でも出てきたのですが、「中国や韓国も原発からトリチウムを出しているから海洋放出に反対する資格がない」と言っている人がいるというのは、おかしいなと思います。なぜ市民が国の立場で物事を考えているのでしょうか。実際に、汚染水は市民に影響を与えているから、どこの国でも市民は同じ立場に立っているはずです。だから、海の環境を汚す側に対して反対するのですよね。それなのに国境で分かれて、市民同士が敵対するという状況になっているのはすごくおかしい。もっと市民社会がつながって、市民感覚で、人間として自分たちの生活を守るために何が必要かということについて、一緒に考えるべきだと思っています。

満田:私自身も、福島第一原発事故が起きて、それが近隣の国々の市民に大変なショックを与え、しかも出てくる情報が隠蔽されていたり、ねじ曲がっていたり、安全だと言ったり、ひどい状況だなと思っています。

一方で、福島の漁業者のみなさんはとても努力して、魚の放射能測定体制をつくり上げて、すべての魚種を測っています。漁業者のみなさんが測っているのはセシウムです。トリチウムは測定がとても難しいし、目に見えた形で出てこない。だから、汚染水放出問題に関しては、トリチウム測定の難しさもこの問題を厄介にしているのかなと思います。

陳:今、満田さんから福島の魚のセシウムを測っているという話がありましたが、海洋放出に反対する漁業組合の方の言葉は「風評被害につながる」という言い方になっていると思います。ひとつ浮かんだ疑問は、それでは「汚染水による実害はない。あなたたちが心配していることが風評被害になるのだ」という受け止め方も可能になる。つまり推論すると、「汚染水は放出しても問題はないんだ」と漁業者が言っているのではないかと台湾では解釈されています。そこは実害であるか、風評被害であるか、ちゃんと見極める必要があるのではないかと思います。

満田:重要な指摘ですね。何をもって実害とするか。風評被害も被害だと思いますし、私としては海洋に放射能物質を放出すること自体、被害だという気がします。おそらく法律的には健康影響がないと被害と認められないのかもしれませんが、放射性物質を出すこと自体が被害を生むと私自身は考えています。

測定の件に関しては、聴講参加者の中に福島県いわきの「たらちね」(「認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね」)の水藤周三さんがいらっしゃっていると思います。魚の測定の話について、ひと言お話しいただければ。

水藤:はい。満田さんがおっしゃったように、放射性セシウムを測るのと、トリチウムを測るのはまったく違う方法になります。日本では、魚介類だけでもこの10年間で十何万件という放射性セシウムを測っています。福島県の漁協は1日100件くらい放射性セシウムを測っているようですが、トリチウムは漁協で測ることはできません。トリチウムは特殊な検査機関でないと測ることはできないし、それも日にちがかかる。福島の魚は、セシウムの値がある程度の基準を上回ると、その日のうちにその種類の魚を全量回収するようにしているのですが、トリチウムの場合はそういうことができません。先ほどIAEAの検証団がモニタリングを強化していくという話が出ましたね。モニタリングを強化すると言われると、セシウムを測るのと同様に多数の検体を測るんだなと思われるかもしれませんが、トリチウムは測れる数、かかる時間が桁違いに違いますので、簡単に測定できないわけです。海水を測るのも手間がかかりますし、魚を測るとなるともっと難しいです。

日本では、原発事故の後に市民放射能測定所がたくさん立ち上がりました。各地の市民放射能測定所では100万円から200万円くらいの機械を買って、放射性セシウムを測りモニタリングをしています。しかし、そうした機械ではトリチウムは測定できません。市民放射能測定所でトリチウムの測定ができるのは、いわきの小名浜にある私たち「たらちね」だけです。ですから、放出される汚染水には、これまで主に問題にされてきた放射性セシウムとは測定方法の異なる物質が混ざっていることを頭に置いていただければと思います。

汚染水を処理しても完全に除去されないトリチウム以外の放射性物質については、トリチウム以上に測定が難しい物質もあるので、海に流されてもあまりわからない、というのが正直なところです。政府やIAEAがモニタリングを強化すると言っても、なかなか信頼できないなというのが私たちの考えです。

それから、せっかくなのでこの機会にお伝えしておきたいのですが、韓国・中国・台湾、どこの国の原発でもトリチウムを出しているのは確かです。なので、たとえば原発の排水口の近くで海水を汲んで送っていただければ、私たちも測定をすることはできますのでご依頼をいただければと思います。

曺:水藤さん、ありがとうございます。市民の取り組み、大事なお話ですね。日本は原発事故を経験したからこそ、知識も測定の技術も発達していると思います。だからこそ、東アジアの市民がそういう部分でもっと交流ができたらいいのにという思いがしました。

それでは、最後にまとめとしてお一人ずつコメントをお願いします。

朱:みなさんがお話しされたことは私には新しい知識ばかりで、これからもちゃんと勉強しなくてはいけないなと思っています。私も一市民として、一般市民がこの汚染水放出問題についてどのように議論すべきか考えました。

私たち「日中市民社会ネットワーク」は、普段は環境教育の活動をしています。自然について考えるときは科学的な視点は大事ですが、科学知識は一部の専門家たちが握っています。専門家も多くは権力や資本のために働いている部分もあるので、全部を彼らに託すのは危険だと思います。市民も市民の感覚で、人間としての本能や、自分たちの文化などをもって、この問題を見てもらいたいと思っています。

放射能汚染水はどのくらい汚染されているのか、それは人体や自然にとってどこまで危険なのか、線を引くのはとても難しいです。そのような課題に対しては、すべてのプロセスの中で、どんな人がどんな被害を受けているのか、全体を見たいと思います。ただ「健康に悪い」だけではなく、何らかの不利益を受ける人たちがいるのだとしたら、やはり社会正義は守るべきだと思っています。

そうした課題は、専門知識がない一般の市民でも自分の感覚で参加できるので、議論の場をつくりたいです。専門知識については、たとえばサイエンス・コミュニケーションという方法で、難しいことをわかりやすく市民に伝えられる人たちによって認識を高めていければいいと思いますし、同時に根本的な生き方・暮らし方について一緒に考える場もつくりたいと思っています。

陳:中国、韓国、そして日本の話を聞いて、とてもよい勉強になりました。そして、今日の話を聞いて、これからやらなければいけないことは何か、自分の国の汚染水排出問題に関してどう考えればいいのか新たな悩みも出てきました。結局、トリチウム以外の放射性物質についてはどういうふうに考えればいいのか、まだよくわからない。それと関連して、台湾には、福島県を含む5県からの食品輸入規制がまだあります。食品問題も今回の汚染水問題も、食べて飲んですぐに病気になったり死んだりする性質の健康被害ではないので、健康被害だけを理由に反対を訴えていくことはそれほど健全な論議ではないような気がしてきました。勉強になった一方で、また新しい問題が出てきました。

曺:私は、原発問題に関しては専門知識があるわけではありません。一市民として汚染水放出の問題を見ていて、日本と韓国の間で根本的な議論がなかなかできず、外交問題に妨げられている部分に興味を感じていました。今、国と国のギクシャクしている問題で議論を進められないのであれば、国を超えて、そこに暮らしている人たちが意見を交わし、できることを進めていくべきではないか、このような話し合いの場をつくってはどうかと、朱さんと話したことから今回のイベントが実現しました。お話を聞いたことは大変有効でしたし、勉強になりました。

満田:私もとても勉強になりましたし、曺さんがおっしゃったように、この問題を国としてのポジションでとらえるのは間違っていて、そうした側面もある程度は否めないと思いますが、もっと一人ひとりの人間の問題として考えたいなと思いました。陳さんがおっしゃったことにも共感します。放射性物質の問題はとてもモヤモヤした問題です。ただ、やっぱり原発をめぐる問題にはこういう話がつきもので、たとえば核のごみの問題もあるわけです。核のごみも生み出さざるを得ないし、どこかに押しつけてしまわざるをえない。それを考えたら原発なんかとうてい動かせるはずはないのにと、私は思います。

放射性物質トリチウムの問題については、トリチウムが危険だという認識が広まってしまったら原発は動かせないし、再処理なんてとんでもないという話になります。だからこそ原発を推進したい政府や電力会社は、うがち過ぎかもしれないのですが、この問題は大ごとにはしたくない、安全なことにしておきたいのかなと思います。それは私個人がそう思っているだけですけれど。

日本の国内では、来年2022年に六ヶ所再処理工場が本格稼働されるかもしれません。そうすると、とんでもない量のトリチウムが出されてしまいます。福島第一原発の汚染水問題は、政府や東電にとってとてもセンシティブな問題で、東電は汚染水の中で魚を飼って影響を調べる実験までするそうです。それほど安全性を訴えるのに一生懸命なのです。そこもしっかり追及していく必要があると思っています。それによって、再処理工場という膨大な量の放射性物質を放出する施設の稼働を止めることにつながるかなと考えています。


質疑応答(進行:曺)

曺:陳さんへ、台湾では汚染水の放出に反対している専門家はいますか、との質問です。先ほどの報告では「いない」とおっしゃっていましたが、いかがですか。

陳:基本的にはいません。日本には、原発反対の立場をとる在野の専門家がいると思います。たとえば、小出(裕章)さんなど著名な人がいます。しかし、台湾には原子力の専門家を育成する大学は1カ所しかなく、しかもそこはかつての独裁政権の時代から強く力をもっている学校です。ですから、原発推進に対抗するような専門家は出てきません。3・11以降、そういう原子力ムラからわれわれ市民運動の側を応援するようになった専門家はいるのですが、今の海洋放出に関してはまだそうした専門家は現れていません。

曺:満田さんへの質問です。汚染水の海洋放出に代わる具体案で、いちばん現実的、実現可能な代替案は何でしょうか。

満田:私たち「原子力市民委員会」の提言としては、石油備蓄で使われているような頑丈な大型タンクで保管する案と、汚染水をセメントと砂でモルタル化して半地下で永久に置いておくモルタル固化案と、2つの案を出しています。いずれにしても土地が問題になると思います。私たちの提案では、福島第一原発の北側に、工事で発生した土や伐採した樹木を置いてあるスペースがあるのですが、その土地を使えば数十年くらいは貯められるという試算をしています。一方で、東電の計画だと、廃炉にあたって溶け落ちた燃料、デブリを仮に置いておくと説明しています。仮置きするためのスペースが必要だというようなことを言っていて、これは福島第一原発の廃炉にも関わる議論になっています。

「原子力市民委員会」は技術者が多く参加していまして、技術者たちは「デブリは取り出すとかえって危険であり、取り出すのは難しいため、今の状態のまま置いて、地下水が流入しないように建物の外側にシールドを設け、地下水の流入を止めて、そのまま100年くらい置いて十分に放射能を下げてから取り出したほうがいい」という提案をしています。

廃炉をめぐっても、本当はきちんとした議論をしなくてはいけないのですが、東電も政府も30年後、40年後に廃炉という、絵に描いた餅を追求している。誰も信じていない幻想に基づいて「タンクの中の汚染水は海へ」ということになっています。

曺:「原子力市民委員会」による汚染水を保管する案は正式に政府に提案したことがあったのでしょうか、という質問をいただいています。

満田:何度かにわたって作成したレポートを政府に提出し、かつ対面で直接説明したこともあります。しかし、残念ながら公開の場でまともに議論されたことはありません。政府の審議会の中では、おそらく私たちの提案を意識して、東電が「大型タンクによる保管はこういうデメリットがある」という説明をしています。こちらは一つひとつ論破したかったのですけれど、東電の説明のほうが政府の報告書に記載されて終わりという状況です。

曺:続いて満田さんへの質問です。「原子力市民委員会」の提案がちゃんと検討されなかったとのことですが、検討の過程を知ることはできたのでしょうか。市民による提案が責任をもって取り扱ってもらえるという制度的保障はあるのでしょうか。

満田:経済産業省のもとにいろいろな審議会がありまして、汚染水の件に関してはわれわれが「ALPS小委員会」と呼んでいた委員会(「他核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」)が設置されていて、そこで議論されていました。その前には「トリチウム水タスクフォース」という委員会があって、そこで汚染水をめぐって海洋放出案のほかいくつかの案が出て、さらに汚染水を海洋に放出したときの社会的な影響について「ALPS小委員会」でずっと議論をしていたわけです。

その議論は傍聴もできたし、議事録も公開されていましたが、私はなるべく傍聴するようにしていました。ですから、検討の過程は公になっていたと思います。ただし、日本のこの類の審議会の多くがそうであるように、事務局が書いたシナリオに沿った形で結論をつくっていったな、というのが私の感想です。委員の中には、福島の漁業者の立場に立って海洋放出に慎重な意見を言う委員もいたのですが、その声は小さく、小委員会では「海洋放出が有力である」という方向に向かいました。結果的に「海洋放出と大気放出が現実的であり、海洋放出が有力である」という結論が出ました。その過程でわれわれは意見を言ったり、パブコメに意見を送ったり、パブコメの提出を市民に呼びかけたりもしました。ただ、形式的にしか対応されなかったので、海洋放出という結論があって、そこに行くためのプロセスを丁寧に検討しましたという形をつくったんだなと感じます。

曺:満田さん、ありがとうございました。ここでチャットに寄せられた参加者のみなさんからのご意見をご紹介します。

  • 曺さんの「汚染水の問題を、東アジアの地域の対立問題にしてはいけない」「福島の汚染水の問題から、自分の地域の原発問題についてもう一度考え直す機会にすべきだ」に共感します
  • 地球環境の問題なのですから、国際的な機関で汚染水の扱いを考えていかなくてはいけないと思います。日本一国で解決することは不可能です。国際連合に、福島汚染水処理対策機関をつくりましょう。東アジアの国々(北朝鮮も含めてもいいと思います)が中心になって、地球の海の問題を解決したい
  • 1993年10月のロシア海軍が核廃棄物を日本海に投棄(放出)した事件に対し、日本政府、すべてのテレビ、新聞メディア、週刊誌、市民団体などが投棄反対、ロシア非難の論調を展開、国民の反対世論をリードした。こうした国をあげて放射性物質の海洋汚染に反対した経緯があるのに、日本政府の放射能放出承認は歴史的経緯に反し、予防原則とエコロジー精神に反する

この他にも、汚染水を保管・管理する場所や方法など、たくさんのご意見をいただいております。本日は満田さん、朱さん、陳さん、そして参加者のみなさんもありがとうございました。