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トップページ コラム 【絵本の中の生きものたち】自由にあこがれて(1)『九月姫とウグイス』(1954)岩波書店

自由にあこがれて(1)『九月姫とウグイス』(1954)岩波書店
サマセット・モーム:作、光吉夏弥:訳
武井武雄:絵

「『じゆうでなければ、わたしは、うたえないのです。うたえなければ、死んでしまいます』と、ウグイスはいいました。」

abtの中の人(ヤギ)が、生きものの活躍する絵本を紹介する連載です。最初のテーマは「自由にあこがれて」。さまざまな約束ごとに絡めとられて生きなければならないニンゲンから見れば、野生動物は自由を象徴する存在にもなります。広い空を縦横に飛ぶ鳥はその代表格ですね。

『九月姫とウグイス』は、部屋に飛び込んできた小鳥と仲よくなったお姫様の物語。窓を開けておくと気まぐれに飛んできては歌を聞かせてくれるウグイスが二度と帰ってこないのではと不安になった九月姫は、意地悪な姉たちの僻みまじりの忠告に唆されて、ウグイスを籠に閉じ込めようとします。「国じゅうで、一ばんじょうずなしょくにんがつくった」贅沢な「金のかご」の中にいるほうが幸せだと諭す九月姫に、それでは生きていけないと小鳥は泣き出します。「おまえをかごのなかにいれたのは、おまえがすきで、わたしひとりのものにしておきたかったからなのよ」と泣く九月姫の決断は……。

物語の舞台はシャムの王国(現在のタイ)ということになっていますが、タイに「ウグイス」はいるのでしょうか。世界鳥類データベース(Avibase)という便利なサイトで学名のHorornis diphoneを検索してみると、生息地のマップが見られます。南アジアでは台湾とフィリピンのみで、タイにはいません。実は『九月姫とウグイス』の原題は“Princess September and the Nightingale”。イギリスで活躍した作家のサマセット・モームが九月姫の友だちに選んだ鳥は、ヨーロッパの鳴鳥ナイチンゲール(Luscinia megarhynchos)だったのです。日本の子ども向けにウグイスと翻訳したということでしょう。お姫様をうっとりさせる鳴き声が「ホーホケキョ」では、何だか間が抜けた感じもします。もっとも、繁殖期のウグイスたちが本気を出して囀り合う「合戦」に低山で出会ったりすると、ただのホーホケキョでは済まない、なかなか複雑な歌を互いに繰り出すのでおもしろいのですが。

では、ナイチンゲールのほうもAvibaseで検索してみると、ウグイスよりも生息域は広いとはいえ、現在のタイにはいない様子。日本語の訳者がウグイスとしたのと同じく、西欧の子どもになじみのあるナイチンゲールとしたのでしょう。ヤンゴンからラングーンへの旅の道中、タイでマラリアの療養中にこの話を書いたというモームが病床で耳にしたのが本当はどんな鳥の歌だったのか、想像は尽きません。

私はこの本を子どもの時に読みました。姫君たちの名づけに繰り返される「対になる言葉」のバリエーション、飼い慣らされたオウムと自由なウグイス、醜い姉たちと美しい九月姫といったはっきりした対比、異国の不思議な衣装など、子どもが楽しくなる要素がたくさんあります。籠の鳥よりも自由な鳥のほうが幸せ! そんな思いを強く子どもの胸に残した物語です。大人になって読むと、大事な人を束縛せずに愛するとはどういうことか……みたいな、ちょっとしんみりする情緒も加味されてしまうのです。

▼世界鳥類データベース『Avibase』はこちら
https://avibase.bsc-eoc.org/avibase.jsp