人体への影響

ネオニコチノイドは体内の機能を制御する神経系の中で重要なアセチルコリン受容体に作用するため、ヒトの体への影響も懸念されます。もともとは「害虫だけに選択的な毒性」を持つとされ、ヒトには安全な殺虫剤として売り出されたものの、ヒトの健康への影響に関する研究結果がこれまでに数多く報告されてきました。ネオニコチノイド系農薬はどのような経路で私たちの体に入り、どのような影響を及ぼすのでしょうか。

曝露経路

他の生物と同様、ネオニコチノイド系農薬は主に吸入および経口でヒトの体に入ります。また、農薬が皮膚に触れて体内に取り入れられるケースもあります(経皮曝露)。吸入で曝露されるのは主に農業従事者および農地周辺に住む人々で、農薬が散布される際に吸い込み、粘膜や肺などから体内に吸収されます。一方、経口曝露には農薬の原液を間違って飲んでしまう誤飲や、食べ物に残留している農薬を食事と共に摂取する場合が考えられます。農薬の誤飲は高濃度の毒物を大量に摂取するため、生命に関わることもあって大変危険です。また、ネオニコチノイド系農薬を使用した食物も、濃度が低くても水に溶けて作物の隅々まで浸透する特徴から、残留成分は洗っても落ちず、残留量の多い食物を食べ過ぎると健康を害する恐れがあります。

1日摂取許容量と残留基準値

農薬などの毒性薬物が食品に残留する場合、「人が一生の間、毎日とり続けても健康に影響しない量」の指標として「一日摂取許容量 ※1」(ADI=Acceptable Dily Intake)があります。ネオニコチノイド系農薬の一日摂取許容量は0.012~0.53mg/kg/日で、日本では欧米とほぼ同じ量に設定されています。しかし、このADIから換算して食品ごとに定められるネオニコチノイド系農薬の「残留基準 ※2」は日本では非常に高く設定され、茶葉や一部の果物など欧米の数百倍という例もあります。つまり、健康に影響が出る可能性があるとされる量に対して、食品に残留してもよいとする薬物の量が日本では欧米に比べて高いのです。そのため、残留基準を守った食品を食べていても、一日摂取許容量を超えてしまうことが十分ありえます。

体内におけるアセチルコリンの役割

ネオニコチノイド成分が作用を及ぼすとされるアセチルコリン受容体は、もともと体内で生産されている神経伝達物質のアセチルコリンと結合して反応を起こし、人体のさまざまな機能を制御しています。アセチルコリン受容体は脳をはじめとする神経系の組織だけでなく、免疫系、皮膚、生殖器にも存在しており、関わっている機能の多様さがうかがえます。

 

アセチルコリン受容体にはニコチン性アセチルコリン受容体とムスカリン性アセチルコリン受容体の二種類があり、前者の受容体はタバコに含まれるニコチンと結合することからこの名前がついています。ネオニコチノイドはこのニコチン性のアセチルコリン受容体に作用するため、喫煙に起因する母体から胎児への発達影響などと同様の作用が懸念されています。

 

マウスを使った最近の研究では、ネオニコチノイドは曝露後短時間で脳に達するというデータも出ており、同じ哺乳類であるヒトの脳にもネオニコチノイドが侵入している可能性を示唆しています 1。ニコチン性アセチルコリン受容体は、神経から筋肉や自律神経への信号伝達、記憶・学習・認知といった脳の高次機能、そして神経回路の形成などに重要な役割を果たしています。こうした機能は、伝言ゲームのように細胞から細胞へと信号が伝わることによって成り立つため、この受容体にネオニコチノイドが作用してその後の伝言がうまくいかない場合に障害が発現します。

急性中毒

ネオニコチノイド系農薬に曝露し、短時間に生体機能が阻害されることを急性中毒といいます。ネオニコチノイド系農薬の急性中毒は主に農薬の誤飲、および散布農薬を至近距離から吸引して高濃度の毒性成分を摂取した場合に起こります。

 

「ヒトには安全」と謳われてきたネオニコチノイド系の農薬ですが、2012年までに世界各地でイミダクロプリドとアセタミプリドの急性中毒による死亡が10件以上報告されています。集中治療を要する重症のケースも含め、症状として頻繁に見られるのが血圧や脈拍などに起こる循環器系異常、痙攣やめまい、意識障害などの中枢神経系異常、呼吸器および消化器系の異常です。曝露から治療までの時間がその後の容態を左右するため、農業従事者は特に注意が必要です 2,3

亜急性中毒

農業が盛んな地域に住む人、また知らずにネオニコチノイド系農薬が比較的高いレベルで残留する食物を摂取している可能性のある私たちの多くにとって心配なのが、亜急性中毒です。「亜急性中毒」とは1ヶ月から3ヶ月ほどの比較的短期間に繰り返し毒性成分に曝されることで生じる中毒を指します。

 

吸入曝露の亜急性中毒については、群馬県でマツ枯れ対策としてアセタミプリドを主成分とする農薬が散布された直後に来院する患者が増加したとする報告があります 2。患者の数は散布地点から近いほど多く、下は2歳から上は86歳まで100人近くの患者が散布後、数日間来院したそうです。主な症状としては頭痛や全身倦怠、睡眠障害や記憶障害などの中枢神経症状、肩こりや痙攣などの骨格筋症状、循環器および体温症状が見られ、ほとんどの患者に心電図異常がありました。

 

その他、農薬の残留量が高いと思われる食品を長期間、大量に摂取したことに起因すると思われる患者やその症状についても報告されています。全身倦怠や頭痛、震えおよび記憶障害を訴えて来院した患者の半数が、来院前の数日間、果物や茶飲料を摂取しており、果物や茶飲料の摂取をやめたところ、1ヶ月以内に症状が改善しました。これらの患者の尿からはアセタミプリドや、その代謝物も検出されています。こうした患者の多くは国産の果物を1日に500g以上、茶飲料を500mL以上摂取していました 2。日本は世界でも指折りの農薬使用国であり、残留基準も非常に高く設定されているため、「国産」が必ずしも安全とはいえない現状を反映したわかりやすい例と言えるでしょう。

胎児・幼児の神経発達への影響

ネオニコチノイドと作用が類似しているニコチンを含むタバコの喫煙が、胎児の発達に悪影響を与えることは広く知られています。アセチルコリン受容体は胎児から幼児期まで脳内の神経回路形成に大きな役割を果たしており、この受容体に作用するネオニコチノイドが発達障害を引き起こす可能性が懸念されています 4, 5。実際、ネオニコチノイドがヒトのニコチン性アセチルコリン受容体に作用するという細胞レベルの研究結果も報告されています 6

 

母体由来の曝露が胎生期の神経発達を阻害し、出生後の行動や情動に障害をもたらすことは、すでに複数種のネオニコチノイドについてマウス実験で証明されています 7, 8。妊娠中に母親がネオニコチノイドに曝露されると、胎児もネオニコチノイドに曝され、発達途中の脳に作用します。胎児だけでなく幼児も、脳を毒物から守るための脳関門が未発達であるため毒物が脳内に入り込みやすいことから、ネオニコチノイドに対して脆弱であると言えるでしょう。マウスで観察されているこのようなネオニコチノイドによる神経発達阻害は、ヒトにおいては自閉症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)を引き起こす原因となる可能性も示唆されています。

 

こうした健康上のリスクから身を守るためには、ネオニコチノイド系農薬の使用中ないし使用直後の場所への立ち入りを避けるほか、妊娠中の女性や小さな子どもがいる家庭では、食べ物にも十分注意し、洗っても落ちない残留ネオニコチノイドが疑われる食品ではなく、できる限り有機栽培のものを食べることが現時点で賢明な選択でしょう。最近の研究では、有機農産物を摂取することによって、尿中に検出されるネオニコチノイドの濃度が低下したという結果も報告されています 9

【注釈】

※1 一日摂取許容量:農林水産省の解説サイトの定義では「人が一生の間、毎日とり続けても健康に影響しない量」とされています。
» https://www.maff.go.jp/j/fs/f_nouyaku/005.html

※2 残留基準値:厚生労働省の解説サイトの定義では「残留基準は、食品安全委員会が人が摂取しても安全と評価した量の範囲で、食品ごとに設定されています」と説明されています。
» https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/index.html


【参考文献】

1: ord & Casida (2006) Chloropyridinyl neonicotinoid insecticides: diverse molecular substituents contribute to facile metabolism in mice. (クロロピリジニル系ネオニコチノイド系殺虫剤:幅広い置換分子がマウスの代謝を容易にする)Chem Res Toxicol 19: 944–951.
» https://doi.org/10.1021/tx0600696

2: 平久美子(2012) 「ネオニコチノイド系殺虫剤の人への影響―その1:物質としての特徴、人における知見―」臨床環境医学,21 [1] 24~34
» http://jsce-ac.umin.jp/jjce21_1_24.pdf

3: 平久美子(2012) 「ネオニコチノイド系殺虫剤の人への影響―その2:薬理学的特長、使用状況、規制、考察―」臨床環境医学,21 [1] 35~45,2012
» http://jsce-ac.umin.jp/jjce21_1_35.pdf

4: 黒田洋一郎&木村-黒田純子(2013)「自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての環境化学物質――有機リン系,ネオニコチノイド系農薬の危険性(上)」, 科学83(6), 0694-0708 (2013)
» https://www.actbeyondtrust.org/wp-content/uploads/2012/02/Kagaku_201306_Kimura_Kuroda.pdf

5: 木村-黒田純子&黒田洋一郎(2013)「自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての環境化学物質――有機リン系,ネオニコチノイド系農薬の危険性(下)」, 科学83(7), 0818-0832
» https://www.actbeyondtrust.org/wp-content/uploads/2012/02/Kagaku_201307_Kimura_Kuroda.pdf

6: Li P, Ann J, Akk G. (2011). “Activation and modulation of human α4β2 nicotinic acetylcholine receptors by the neonicotinoids clothianidin and imidacloprid” (ネオニコチノイド系農薬クロチアニジンとイミダクロプリドによるヒトα4β2ニコチン性アセチルコリン受容体の活性と変化). J Neurosci Res. 2011 Aug;89(8):1295-301.
» https://doi.org/10.1002/jnr.22644

7: Kazuhiro Sano, et al. (2016) In utero and Lactational Exposure to Acetamiprid Induces Abnormalities in Socio-Sexual and Anxiety-Related Behaviors of Male Mice (雄マウスの子宮内および授乳期のアセタミプリド曝露による社会性的および不安関連行動の異常). Front Neurosci. Jun 3;10:228
» https://doi.org/10.3389/fnins.2016.00228

8: Mizuki Maeda, et al. (2021) Fetal and lactational exposure of the no-observed-adverse-effect level (NOAEL) dose of the neonicotinoid pesticide clothianidin inhibits neurogenesis and induces different behavioral abnormalities at the developmental stages in male mice (胎児期および授乳による無毒性量無毒性量ネオニコチノイド系化学物質クロチアニジン摂取は発達期の雄マウスにおいて神経形成を抑制し異常行動を誘発する). J Vet Med Sci, 83: 542–548.
» https://doi.org/10.1292/jvms.20-0721

9: CollinsNimako, et al. (2022) Assessment of ameliorative effects of organic dietary interventions on neonicotinoid exposure rates in a Japanese population (日本人のネオニコチノイド曝露量に関するオーガニック食餌介入による改善効果の評価) Environment International 162
» https://doi.org/10.1016/j.envint.2022.107169