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act beyond trust 10周年記念

公正で持続可能な社会づくりのこれからを考える連続企画

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abtパートナーの現在地

【NPO法人河北潟湖沼研究所】
ネオニコフリー田んぼの広がりと、生物多様性を守る「生きもの元気米」の挑戦

2010年の発足から10年余りを経て、abtの助成先総数は70団体を超えました。そのうちのほんの一部になりますが、実施した活動のその後についてお話を伺います。第1回はNPO法人河北潟湖沼研究所。2013年度に初めて「ネオニコチノイド系農薬に関する企画」公募に応募をいただいてから2015年度までの3年間と、その後2019年度の延べ4年間にわたってご一緒しました。石川県の河北潟周辺で農薬の空中散布の中止を呼びかけ、ネオニコチノイド系農薬や畔の除草剤を使わない米づくりをする農業者を増やし、水田ごとの生物調査結果を購買者が確認できる「生きもの元気米」を販売する取り組みを続けています。

今回お話をお聞きした高橋久さんも川原奈苗さんも、干拓後の河北潟の自然再生に取り組んできた生物調査のスペシャリストです。abtの公募に初めて採択された2013年の企画名は「河北潟地域におけるラジコンヘリ散布を行わないエリアの拡大とカメムシ米のブランド化」。カメムシ防除用農薬を使わないお米を「カメムシ米」として売り出そうと考えた当初の計画からは、嫌われ者のカメムシを豊かな自然の象徴としてポジティブにとらえる科学者の公平な視線が伺えます。助成初年度の生物調査で無農薬水田の生物種が慣行水田よりも多いというデータを得て、まずは2軒の農家の協力が実現しました。それ以降、順調に協力者数と生産高を増やし、首都圏でのイベント出展やネット通販で「生きもの元気米」の販路を模索しながら、2019年度には子どもを含む市民参加の生物調査も行ない、環境学習のための映像など多くの資料も公開しています。

科学的な調査に基づく生態系保全と、地域の農産物に付加価値をつけて販売するという、一見両立の難しい取り組みを、河北潟湖沼研究所はどのように発展させていったのでしょうか。高橋久さん(理事長、理学博士)、川原奈苗さん(副理事長、「生きもの元気米」生産・調達担当)に伺いました。

NPO法人河北潟湖沼研究所

1994年創立、1999年よりNPO法人化。石川県河北郡津幡町で、河北潟を起点とした流域の自然再生・環境保全に取り組むとともに、科学的な情報を発信しながら、地域振興につながる農業やエコツーリズムを展開しています。右の地図は河北潟周辺図で、研究所のサイトから転載しました(クリックで拡大)。

これまでの助成企画(報告書)

2013年度「河北潟地域におけるラジコンヘリ散布を行わないエリアの拡大とカメムシ米のブランド化

2014年度「生きもの元気米(生物多様性認証米)の取り組みによるネオニコチノイドフリーエリアの拡大

2015年度「集落営農によりつくるネオニコフリーエリアと田んぼトレーサビリティへの取り組み

2019年度「平野部の水田ではネオニコを使う必要が無いことを証明し見える化する

河北潟の環境改善の鍵は、田んぼの生き物にあった

abt:初めてabtの公募に応募いただいたのが2013年度の「ネオニコチノイド系農薬に関する企画」でしたが、NPO法人河北潟湖沼研究所でネオニコチノイド(ネオニコ)系農薬の問題に取り組まれるようになったきっかけを教えてください。

高橋:私どもの活動が始まったのは1994年からですが、当時は河北潟という湖の環境改善を考えていました。しかし調査をしていくなかで、湖の周りにある水田や湿地がさまざまな生き物の供給源になっていることがわかってきたのです。

実際、1990年代にウルグアイ・ラウンド農業対策費による周辺の大規模な圃場整備が行われたことで、水路がコンクリート化されて湿田が乾田に変わるとともに、生き物の減少が目立つようになっていました。また同時に、カメムシ防除のための農薬の空中散布、畦の除草剤使用といった農法の変化も起きていて、それらが生き物の減少の原因につながっていることにも気づきました。

つまり河北潟の環境改善のためには、湖だけでなく周辺農地の環境保全を行なって、田んぼの生き物を守る必要があったのです。そこで農薬使用をなんとかしようと取り組みを始めたところ、空中散布によって周辺農地で広域に撒かれているのがネオニコ系農薬であることがわかったわけです。

abt:理事長である高橋さんは、生態学や環境アセスメントの専門家ですが、もともと河北潟で研究をされていたのですか。

高橋:いえ、違うんですよ。私の出身は関東ですが、金沢大学の大学院にいるとき山にいるサンショウウオという生き物の研究をしていました。河北潟とはたまたま縁ができたのですが、もともとは東日本を対象に山で研究していました。山から川をどんぶらこと流れて河北潟にたどり着き、ずっと留まっているというような感じです(笑)。

abt:そうだったのですか。河北潟周辺で農家の方々がネオニコ系農薬を使うのは、カメムシ防除のためなのでしょうか。

高橋:はい。ただ、実際に「カメムシの被害はどうですか?」と農家さんに聞いてみると、「カメムシの被害になんて遭ったことがない」と言うのです。農家さんの見立てでは、たぶん農薬を毎年撒いているから被害がないのだろう、ということでした。

2014年から河北潟湖沼研究所と周辺の農家さんとで協力して、農薬の空中散布や畔の除草剤使用をしない「生きもの元気米」の生産を始めたときも、「もしカメムシの被害がひどいようなら、取り組みを中止することも含めて考えましょう。生き物調査でカメムシが出たらお知らせします」と話していました。しかし田んぼの生き物調査をしてみても、カメムシはほとんどいません。そうやって何年か続けるうちに、実はカメムシはもともと河北潟周辺の農地にはあまりいないのだということがわかってきました。

ところが、農業試験場からは「今年はカメムシが非常に多い」という害虫発生予察が毎年のように出るのです。それはなぜかというと、農業試験場の調査は田んぼではなく草地でやっているから。たしかにカメムシの発生源である草地には、それなりにいます。でも、そもそも河北潟の周辺の平野はすべて田んぼなので、発生源になる草地がほとんどありません。要するに「カメムシ防除のために農薬を使いましょう」という掛け声でネオニコ系農薬を使用してきたものの、実はほとんど意味がなかったのです。逆に空中散布を行なうことで天敵が減少し、害虫が増える傾向があることも調査でわかっています。

「生きもの元気米」でネオニコフリーの田んぼが増加

abt:いま「生きもの元気米」のお話が出ましたが、河北潟湖沼研究所では「ネオニコチノイド系農薬を含めた空中散布をしない」「畔の除草剤を使わない」「田んぼの生き物調査を行なう」の3つを満たした「生きもの元気米」を田んぼ1枚ごとに認証して販売しています。参加する農家の拡大にも力を入れてこられましたが、現在の状況を教えていください。

川原:現在、参加してくれている農家さんは7軒になりました。最近では「生きもの元気米」を生産している田んぼだけでなく、それ以外の田んぼでもネオニコ系農薬を使わないところが増えていて、その面積は40ヘクタールにまで増えています。「生きもの元気米」を始めた2014年当時は1ヘクタールから始まりましたから、当時と比べるとかなり広い範囲がネオニコフリー(ネオニコ系農薬を使わないエリア)になっています。

高橋:以前は、本当は空中散布をやりたくないと思っていた農家さんも、周りに合わせてやっているところがあったんですよね。取り組み当初は、空中散布をしない田んぼに「ここはまかないでください」という印で赤い旗を立てていたのですが、その旗を立てること自体がはばかられる状況だったんです。しかしいまでは、「生きもの元気米」を作る農家さんが増えてきて空中散布をしない田んぼが多くなったので、逆に空中散布をする田んぼの側に赤い旗を立てるようになったんです。それだけ変わったということですよね。とくに大きな農家さんである農事組合法人Oneさん楽園果実石橋農園さんが空中散布をしなくなったので、ネオニコフリーの面積が増えました。どちらも生きもの元気米を生産している農家さんです。

abt:2015年度助成の成果報告時点では、「まだネオニコフリーエリアの面的な拡大までは実現できていない」というお話があったと記憶しています。

高橋:「生きもの元気米」は、小さい規模の農家さんが生き残れる方法を考えて田んぼ1枚ごとに認証する仕組みにしたのです。そのため空中散布をやめるのも田んぼごとで、集落単位といった広い形でネオニコ系農薬を使わないエリアをつくるまでには至りませんでした。

しかし、いま生きもの元気米に協力している農事組合法人Oneさんは、才田地区という場所でかなりの面積を占める大きな農家さんになっています。また、河北潟からは少し離れますが、金沢市牧山町では私どもに賛同してまったく農薬を使わない「まっきゃま米」を生産する取り組みが始まり、集落で農事組合法人を作っています。そういう意味では、だんだんと成果が出てきているところです。

川原:補足になりますが、田んぼ1枚といっても山手の田んぼとは違い、河北潟周辺の大きい田んぼでは1枚が4,000平米ほどになります。圃場整備によって昔の田んぼ4枚を合わせたくらいの大きさがあるので、田んぼ1枚でもネオニコフリーになることの影響はとても大きいと感じています。現在、生きもの元気米9枚のうち3枚が4,000平米を超える田んぼです。

生物多様性の「面白さ」をもっと伝えたい

abt:「生きもの元気米」の販売状況はいかがでしょうか。

川原:まったく顧客のいないところから始めた2014年の販売量は1.6トンでした。その翌年の2015年には国際環境NGOグリーンピース・ジャパンなど、いろいろなところが応援してくださって5トンまで増えました。その後も順調に増えていまして、昨年の販売量は7.5トンです。購入してくださる方は首都圏、都市部の方が多いのですが、石川県の方も増えてきています。また、1年を通じて生きもの元気米を食べてくださる方も、少しずつですが増えています。定期購入の方が増えると、こちらも安心して作ることができますし、ほかの農家さんにも働きかけやすくなります。

abt:毎週金曜日に金沢駅前の広場で河北潟周辺地域や能登の農家さんが出店して農産物を販売する「ゆうぐれ金曜マルシェ」も主催されていますね。

川原:マルシェでは「生きもの元気米」や、無農薬、無化学肥料で栽培した「すずめ野菜」なども販売しています。対面販売なのでお客さんに直接説明もできるのですが、それでもなかなか浸透しにくいな……というのが正直なところです。

ただ、今年になって数名から新米のご予約をいただき、定期的に購入したいという方も出てきました。田んぼごとに袋詰めされていることや、いろいろな生き物のイラストがパッケージに描かれていることを面白がって興味をもたれるお客さんもいらっしゃいます。すごく増えたという感じではないのですが、少しずつ広がっています。

abt:ネオニコ系農薬の健康被害についての研究成果も出てきていますが、そうした健康面での「安心・安全」という切り口よりも、田んぼの生物多様性のことを中心にお米の紹介をされているのでしょうか。

高橋:もちろん「安心・安全」といった点からもお話をしているのですが、私どもとしては「生き物を守るために」と思ってくれるお客さんを増やしたいという気持ちがあります。ただ、実際に対面販売をしてみて思うのは、とくに東京方面でのイベント販売がそうなのですが、生き物の話をしても米は売れないですね。それよりも「安全・安心」のほうが売れます。それでも、あえて生き物のほうを強調してやっているので、商売的には上手じゃないやり方だなとは思っています。

abt:河北潟湖沼研究所の場合は、生態系の問題から農業の取り組みが始まったということで、とてもユニークな事例だと思います。それは強みでもあって、生き物が好きな人は惹きつけられるのではないでしょうか。

川原:ありがとうございます。生き物の話になると、私も自然と生き生きしていると言われます(笑)。現場で目にした面白さを一生懸命伝えようとしているのですが、なかなか難しいなと思っています。マルシェでもどうしたらいいかなと、いつも悩みながら販売しています。

でも、田んぼの生き物のことを伝えると、みなさん一生懸命に聞いてはくださるんですよね。それは消費者の方だけでなくて、生産者の方もそうです。「生きもの元気米」の契約更新をするときに農家さんと話をするのですが、自分の田んぼにいる生き物のことですごく盛り上がるんです。それがまた次年度の生産へのモチベーションになっている感じがします。そうしたことを面白がる方が増えてほしいし、ちゃんと伝えられるようになりたいと思っています。

abt:食べ物を選ぶときに健康のことは気にしても、生態系への影響を考えることまではまだ浸透していないのかもしれません。他地域でも、「コウノトリを育むお米」(兵庫県豊岡市)や「朱鷺と暮らす郷認証米」(新潟県佐渡市)といった農薬削減による生物保全を打ち出したブランド米の例もあるようですが……。

高橋:そういうスターになるような生き物がいる場合はいいのですが、そうではないと難しいですよね。河北潟には日本で一番長いハッタミミズがいるのですが、ミミズではなかなか……(笑)。それに、やはり私たちは特別なスターの生き物ではなく、生き物全部を増やすことを目指したいと思っているのです。

市民参加型調査で環境の大切さに気づく

abt:田んぼでの生き物調査は毎年行なっているのでしょうか?

川原:市民参加型での生き物調査は2019年から始め、2年続けて実施しました。今年はコロナの影響もあってできませんでしたが、来年は実施予定です。現場で市民の皆さんと一緒にイベントをすることで伝えられることはたくさんありますから、ぜひ続けていきたいと思っています。調査に参加されているのは金沢市在住の方、とくに親子参加が多いですね。最初は、大学生や大人の参加者が多いのではないかと想像していたので意外でした。「子どもたちのためになれば」ということで参加している方が多い印象です。

abt:参加者の反応はいかがですか。

川原:生き物調査は、できるだけ空中散布時期の前と後の2回、同じ田んぼで実施するようにしています。無農薬の田んぼと慣行栽培の田んぼを比べて調査します。農薬の影響はすぐにわかるものではないのですが、それでも観察していると、やはり生き物の違いがあることに気づきます。参加された方からは、一つひとつの種類の数を比べてデータをとっていくことの大変さや面白さを感じましたとか、今までは虫がいやだったのが環境の大切さが理解できるようなったという感想をもらっています。

また、4回すべての調査に参加してくださった方からは、「無農薬の田んぼでは害虫が多いけれど害虫の天敵となる虫も多く、農薬を撒かなくても天敵が害虫を捕らえてくれるところもあって、うまくできていると思った」という声もありました。調査への参加をきっかけに、生き物のつながりに目を向けてくれるようになった参加者も多いと感じています。

abt:2020年2月~3月に金沢市内2,000戸を対象に「田んぼの農薬と生態系についてのアンケート」も行ったそうですが、その結果や感想はいかがでしたか。

川原:アンケート調査の際に、私たちの行なっている田んぼの生き物調査の結果とネオニコ系農薬の問題点などを説明したパンフレットを同封したのですが、それを読んで「本当にびっくりしました。もう少し早く知っていたらと思いました」といった感想が多くありました。また、「毎日食べる米のこと、もっと広く知らせてほしい」「残留農薬も含めて考えていきたい」というコメントもあり、「知らなかった」という方がとても多くおられました。

一方、「農業のことはよく知らないけれども、農薬を使わないと農家さんが大変になるから使っているのではないか」といった意見も多くあり、農家さんのことを心配されているのが印象的でした。こうしたコメントをくださった方は、私たちが農家の労力を考えずに理想論で無農薬を進めようとしていると感じられたのかもしれません。私たちとしては、現状の農業を大事に考えていらっしゃる大事なコメントだと受け止めています。何より、消費者の方にこうした問題があるという情報を届けられたのは大きな成果でした。

小さな農家が生き残っていける農業が大切

abt:いま課題に思われていることは何でしょうか。

高橋:abtの助成をいただいたときに私たちが意識したのは、生態系を守りながら小さな農家さんが生き残っていけるような農業の方法を考えることでした。「生きもの元気米」もそのひとつです。いま河北潟周辺には若い農家さんが増えていますが、大規模化も非常に進んでいます。それもひとつの農業の生き残りの方法だと思いますが、生物多様性という点では、やはり小さな農家が生き残ることができる取り組みが大切です。そのための活動は引き続きやっていきたいと思っています。

また、空中散布と関連して、河北潟周辺で箱剤の使用が広まっていることは大きな課題です。箱剤とは稲の田植えに使う苗箱の段階で使用されるネオニコ系農薬のことですが、2~3年前まではこの地域では使われていませんでした。空中散布をしない農家が増えた背景には、箱剤(田植え用に購入する苗にあらかじめ施用されている育苗箱用の農薬)の使用が増えてきたこともあります。農協で苗箱を購入する段階で使われているので、農薬として意識していない農家さんもいます。たしかに農家にとっては労力削減になるのですが、これが普通になっていくことへの心配が私たちにはあります。この問題についてどう農家さんと話し合っていくのがいいか、考えているところです。

abt:ほかにも「河北潟レッドデータブック」の作成や外来種植物の除去活動、自然観察会の開催など、さまざまな活動をされています。今後に向けて考えている新しい取り組みなどがあれば教えてください。

川原:先ほど続けていきたいとお話しした田んぼの生き物調査は陸生昆虫が対象なのですが、昨年は少し水の中の生き物も含めて実施してみました。調査してみてわかったことは、田んぼに水が入ってからの日数が生き物の状況に大きく影響するということです。それをきちんと比較するには、それぞれの田んぼの状況を揃えなくてはいけないので、農薬を使っている農家さんとの交流も深めながら、うまく連携をとって調査を実施していきたいと考えています。

また、「すずめ野菜」の畑や河北潟周辺の田んぼの様子を動画で撮影することも始めています。空中散布直後の田んぼでは、イナゴが死んでいたり、イトトンボが動けなくなっていたりするのですが、実は農薬を使っている農家の方々でも空中散布直後の田んぼの様子はあまり見たことがないそうなのです。そういった状況も動画に撮って広く発信していくことができたら、農薬の問題をより多くの人に身近に感じてもらえるのではないかと思っています。

abt:ありがとうございました。