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トップページ 助成先レポート 【abtレポート】日本トンボ学会主催シンポジウム「沈黙の春再来! 深刻化するネオニコチノイド系農薬の環境影響」  トンボやゲンゴロウの減少に「とどめを刺す」ネオニコチノイド汚染

2019年11月17日、日本トンボ学会大会での公開シンポジウムとして、「沈黙の春再来! 深刻化するネオニコチノイド系農薬の環境影響」が神奈川県立生命の星・地球博物館で開催されました。講演者は亀田豊さん(千葉工業大学創造工学部・准教授)、二橋亮さん(産業技術総合研究所・主任研究員)、苅部治紀さん(神奈川県立生命の星地球博物館・学芸員)の3名。環境中の化学物質の分析が専門の亀田さん、子どもの頃から地元でトンボの観察を長年続けてきた二橋さん、絶滅が危惧されるトンボの生息地のネオニコチノイド汚染を調査している苅部さんと、それぞれ異なる切り口からの発表となりました。

◆亀田豊「ネオニコチノイド系農薬が与えるミツバチ、水圏生態系への影響と環境化学と保全生態学のコラボレーション」
まず亀田さんから、ネオニコチノイド系農薬の特性や規制状況、環境影響の概説がありました。続いて示されたのは、ミツバチのコロニーで起きる異常事態と蜂蜜や成体中のネオニコチノイドの相関を調べた調査です。体内ネオニコチノイドの濃度が高い個体の多い巣では、コロニーの健全性が損なわれていたり、ダニの寄生が多く見られたりしました。もう1件の研究事例はミツバチのネオニコチノイド曝露経路の調査で、農薬を使っていないはずの市街地でミツバチの汚染が見つかった現象を追跡しました。明らかになったのは、市街地の高台にある歴史的建造物が汚染源だったという驚きの結果です。古材をシロアリから守るため、毎月大量のネオニコチノイド系防蟻剤が散布されており、これが地下水脈を通じて池の湧水や川に流入し、水飲み場として利用するミツバチを汚染してしまったのです。この発表を受けて、会場からは「環境化学の分析手法によって明らかになる汚染実態と、トンボ学会に集まった昆虫分野の専門家による生態観察の実践を組み合わせて、ネオニコチノイド系化学物質の環境影響を明らかにしていきたい」という提案が投げかけられました。

◆二橋亮「アカトンボの激減から発覚したネオニコチノイド系農薬の問題」
二橋さんは、子どもの頃からお父さんと一緒に地元富山県でトンボの調査を継続してきました。アキアカネやノシメトンボの目撃数をカウントした調査でしたが、90年代後半になって異変に気づきます。たくさんいるはずのこれら普通種のトンボの個体数が、以前と比べて激減していました。おかしいと思った二橋さんは、イネの育苗箱に使われるフィプロニルによってアキアカネの成長が阻害されるという上田哲行氏の研究に出会います。もしかしたら、それが激減の原因ではないのか。浸透性農薬の普及時期と、トンボ激減の時期が一致していたのです。そこで二橋さんは、全国のトンボ好きの仲間にアキアカネの目撃情報を尋ねました。同様に減少を報告する仲間もいれば、普通に見かけるという回答もありました。そこでネオニコチノイド系農薬の地域別の出荷量を調べたところ、減少が報告された地域では出荷量も多いという傾向が見られました。厳密な相関を証明する結果ではありませんが、二橋さんはネオニコチノイド系農薬のトンボへの悪影響を疑いながら、トンボ個体数の記録を今後も継続していくそうです。希少種の生息数を調査する研究はあっても、普通種の定量的なデータを取る研究はあまりないとのこと。「どこにでもいるはず」の生きものが、ある日気がついたらいなくなっていた――そんな状況を人為的にもたらしてはいけないと強調しました。

◆苅部治紀「明らかになってきた希少水生昆虫生息地におけるネオニコチノイド系農薬の汚染実態」
苅部さんからは、絶滅危惧種を含むトンボやゲンゴロウなどの生息地における、水中ネオニコチノイド残留汚染調査の途中経過が報告されました。近年観察されている水生昆虫の減少には、水質悪化、天災、外来種の侵入、田んぼの乾田化なさまざまな環境要因がすでにありましたが、ネオニコチノイド汚染はそれに「とどめを刺す」ものではないかと苅部さんは推測しています。水辺の植物が健在で一見良好そうに見える環境でも、農薬による土壌や水の汚染は目に見えません。この調査では、昆虫現存生息地やかつての生息地の多くからネオニコチノイド系農薬の汚染が検出されました。ネオニコチノイド系化学物質の特性から、土壌や水系を通じた広域への汚染拡散、無害化されない分解生成物の問題、ヤゴその他の餌となる無脊椎動物の不足による間接的な影響など、複合的な悪影響があることを苅部さんは懸念します。前例があまりない農薬汚染実態調査を通じて、絶滅危惧種への影響要因としての汚染地を特定すれば、非汚染地の環境保全を優先できる可能性についても提案されました。

その後の会場とのディスカッションでは、トンボの幼虫に詳しい研究者から、水田からの農薬流入があった溜め池でヤゴが死滅した事例が報告されたほか、ネオニコチノイド系化学物質のヒトへの影響を心配する声も寄せられました。また、会場近辺で無農薬の米づくりをしている農業者からは、調査研究や環境保全への協力の申し出もありました。それに対し、「無農薬の田んぼは子どもの頃に図鑑でしか見たことのない昆虫がたくさん生息する夢のような田んぼです」とコメントした苅部さん。トンボを愛する方々にとっては、農薬汚染がより切迫した問題として認識されるシンポジウムになったのではないでしょうか。

※なお、亀田豊さんと苅部治紀さんは2019年度ネオニコチノイド系農薬問題公募助成対象者として下記の企画を実施中です。
◆苅部治紀: 「ネオニコチノイドによる水生生物への生態リスク比較~作目種及び散布方法による影響~」
◆亀田豊: 「ため池や自然止水域におけるネオニコチノイド系農薬の汚染状況と絶滅危惧水生昆虫の生息状況の相関調査」

※また、亀田さんは2018年度の同助成対象者として、「一年を通したミツバチのネオニコチノイド暴露経路解析」の研究に取り組みました。その内容は下記からご覧いただけます。
【レポート】4/14(日) 公開セミナー「ネオニコ大会議 食べものと生きものを守ろう!」~オーガニック給食の事例からネオニコチノイド系農薬を考える~
https://www.actbeyondtrust.org/info/4617/