生態系への影響

ネオニコチノイド系の農薬は、水に溶けて地下水や周辺の植物に取り込まれ、長い間分解されないという残留性を持ち合わせています。この特性から、周囲の生態系への影響を考える際には、急性毒性(高濃度の農薬に短時間さらされる)だけではなく、慢性毒性(低濃度でも長期間持続的にさらされる)についても考えていく必要があります。特に後者は近年、研究データが積み上げられ、生態系全体への新たな懸念を指摘する声が相次いでいます。「安全」とされていたネオニコチノイド系の農薬は生態系にどんな影響を及ぼすのかを見ていきましょう。

曝露経路

まずネオニコチノイド系農薬に一番影響を受けやすい昆虫を中心に、どこでこの農薬と接触するのかを見てみます。ネオニコチノイドは主に農地や樹木に使われていますが、浸透性と残留性という2つの特性から、農薬に直接および間接的に接触する可能性が考えられます 1

一番直接的な接触の例をあげると、農薬を散布しているときや、種子処理された種子を植えるとき粉塵となったものに直接触れるケースです。また、農作物に使用されたネオニコチノイド系農薬は根から作物に取り込まれ、樹液や蜜、花粉にまで行きわたるため、これを摂食した昆虫もまた農薬に曝露されます。さらに、農地で使われた農薬が用水路や地下水を経由して周辺の水系に入り込み、これらの水中に生息する生物や、水を飲む生物も農薬に曝露されてしまいます。

 

ハチの場合、餌として巣に持ち帰る蜜、花粉、水分などが農薬に汚染していると、幼虫にも農薬の影響が広がります。食べ物ばかりか、巣をつくる材料として使われる蜜蝋や木の葉などに農薬が入り込み、巣のなかですごしているだけで知らず知らずのうちにネオニコチノイド系の農薬に曝されることも考えられます。

 

実際に農薬に直接触れる以外にも、多様な曝露経路があることがネオニコチノイド系農薬の特徴の一つで、また水溶性・浸透性により、農薬が実際に使用された地域から水を介してかなり遠くまで汚染が広まる恐れがあります。

ネオニコチノイド系農薬の影響
–急性・慢性–

では、ネオニコチノイド系の農薬に接触すると、どんな影響が出るのでしょうか? ここでは一番研究の進んでいるハチを例に見ていきます。

 

まず、農薬に接触した回数と濃度によって、その後の影響に大きな違いが出てきます。たとえば、農薬を散布しているときに近くを飛び回り、濃度の高い農薬に一度接触するのと、低濃度の農薬が含まれる用水路の水を飲むのとでは、影響の度合いが違います。前者のように、高濃度の農薬に接触すると、たとえそれが一度きりだったとしても死んでしまうことは珍しくありません(急性致死)。(本来、殺虫剤として使用される農薬という意味では当然かもしれません。)では、死に至るほどではない濃度の農薬に接触した場合、どんな影響を受けるのでしょうか。ハチを使った研究で多く報告されているのが、巣に帰れなくなる障害が表れるということです。もともと巣から離れた場所へ花粉や蜜などの餌を集めに行くハチには優れた方向感覚が備わっているのですが、農薬により帰巣本能や方向感覚が狂ってしまうとされています。巣に戻れないハチの多くは死んでしまうことが多く、巣で餌を待っている幼虫や他のハチたちの健康にも影響を及ぼします。餌が減るだけではなく、巣の中のメンテナンスを担当するハチたちが餌集めに行かなくてはならず、外を飛び回ることで農薬への曝露を繰り返しているうちに、巣の状態が徐々に悪化し、巣全体の崩壊に至ることも少なくありません。

 

では、無事巣に戻ったハチが持ち帰る農薬混じりの蜜や水を摂取した幼虫や成虫はどうでしょうか。いくつかの報告によると、免疫力の低下を招くことが考えられ、感染症に非常にかかりやすくなってしまいます。実際、ハチの大量死にはこうした感染症が大きく関わっていると考えられますが、基本的に農薬で免疫系が弱り、感染症に対する抵抗が低下することが大きな原因のひとつだとする報告も出ています。

 

このように、ネオニコチノイド系農薬のもたらす影響はいくつもの局面または状況にまたがり、それらが合わさることによって、世界中で報告されるハチの大量死につながっているのではないかと考えられます 1

ハチの大量死は
農業に大きく影響する

世界各地のハチの大量死が大きなニュースになっている主な理由は、花粉媒介者であるハチが農業にとても重要な役割を果たしているからです。ハチはリンゴやイチゴをはじめとする果物や野菜など、100種類もの農作物の花粉を媒介し、ハチがいなくなると全世界で20兆円以上の損害が出ると予想されています。農作物を害虫から守るはずの殺虫剤が、農業に不可欠な益虫も殺してしまうことにより、農作物に被害を与える可能性があるのです 2

耐性を持つ害虫による農業被害

ネオニコチノイドを継続的に大量使用することで、耐性を持つ害虫が出現し始めているとの報告もあります。ライフサイクルの比較的短い害虫は、それだけ突然変異を起こす個体の発生頻度も高まるため、短期間のうちに農薬に耐性を持つものが現れてしまいます 3

 

東南アジアでは、稲作における害虫の代表であるウンカにネオニコチノイド耐性を持つものが報告されています。北米でも、コロラドハムシがチアメトキサムに26倍、イミダクロプリドに100倍の耐性を持ち、こうした耐性はネオニコチノイドが導入された3年後にはすでに報告されるなど、農薬への耐性がいかに短い期間で出現するかを物語っています 1。また耐性を持つ害虫は、農薬が使われた農地に競争相手や捕食者が少なくなるため大発生し、収穫に大きな被害をもたらすことがあるので、注意しなくてはなりません。

ハチだけじゃない?
水に住む生物にも迫るリスク

ネオニコチノイドによって影響を受けるのは、ハチや農地に生息する昆虫ばかりではありません。農地で使われたネオニコチノイド系農薬が水に溶け、水を介して周辺の用水路や河川、そして地下水に流出し、そこに生息する生物に影響を及ぼしているという報告も出ています。

 

オランダの研究チームによる報告では、地表水中のイミダクロプリド(ネオニコチノイド系農薬)濃度が高いほど、そこに生息する大型無脊椎動物の個体数は少なくなるといいます。また、地表水は管理区ごとに環境を守るための水質基準が設けられているものの、オランダ国内の水系調査地点の45%、特にビニールハウスや農地周辺でイミダクロプリド濃度の基準値を超えているうえ、農薬成分が極めて低濃度でしか検出されない水中でも長期的な観測で大型無脊椎動物の数に影響が見られました。食物連鎖の基盤を支える生物の減少は、それらを捕食する魚や鳥など下流の生物にも大きく影響する可能性が考えられ、水系の生態系全体が崩れていくことも懸念されます 4, 5

鳥類への影響

ネオニコチノイド系農薬に汚染された昆虫や果実、穀物などを摂食する可能性のある鳥類への影響も徐々に調査され始めています。特に欧米で主流となっている、高濃度のネオニコチノイド系農薬でコーティングされた種子は、植え付け直後に種子を食べる鳥にとって非常に危険で、鳴鳥など数種類の鳥は一粒から数粒食べるだけで死に至るほど高い毒性を持っています 6。またウズラで行なわれた研究では、すぐに死に至らずともネオニコチノイド系農薬のクロチアニジンによって生殖機能に異常が表れ、生物種の長期的な生存に対する悪影響が懸念されるとの報告もあります 7

哺乳類への影響

ヒトへの影響の懸念から、ラットをはじめ哺乳類を使ったネオニコチノイド系農薬の影響に関する研究が進められています。

 

これまでの研究から、ネオニコチノイドの毒性は昆虫に選択的であるとされてはいるものの、一定濃度以上の農薬を投与されると哺乳類でも死に至ることが確認されています 8。また、食物に残留している農薬を摂取すると免疫機能が低下するという報告もあり、実際ラットを用いた実験では、アセタミプリドを経口投与された個体で白血球数が減少するなど、免疫系への影響が観察されています 9

 

生殖機能においては、ネオニコチノイド系農薬はマウスの精子形成および受精とその後の発達に影響が見られるとの報告があり 10、ラットの実験ではタバコに含まれるニコチンと同じく胎仔や新生仔の脳内神経細胞に作用して、ニコチンと同じように仔の神経行動障害を引き起こす可能性が指摘されています 11。また、曝露したマウスの子孫に関する影響を調べる実験も進んでおり、ネオニコチノイド系農薬を摂取したマウスの孫世代において、遺伝子影響を通じた行動障害が生じる仕組みを探る方法も探求され始めています 12

【参考文献】

1: Goulson, D. (2013), REVIEW: An overview of the environmental risks posed by neonicotinoid insecticides(ネオニコチノイド系農薬による環境へのリスクの概要). J Appl Ecol, 50: 977-987
» https://doi.org/10.1111/1365-2664.12111

2: UNEP (2010) Emerging Issues: Global Honey Bee Colony Disorder and Other Threats to Insect Pollinators.(新たな問題:世界的な蜂群障害とその他の昆虫受粉媒介者への危険)
» http://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/8544

3: Tasaka K (2012) Neonicotinoids and the Rice Plant Hopper Outbreak in Asia.(ネオニコチノイドとウンカの大発生) IUCN Task Force Symposium presentation
» https://www.actbeyondtrust.org/wp-content/uploads/2013/07/IUCN2013sympo05_tasaka.pdf

4: Van Dijk TC et al. (2013) Macro-Invertebrate Decline in Surface Water Polluted with Imidacloprid.(イミダクロプリドで汚染された地表水での大型無脊椎動物の減少)PLoS ONE 8(5): e62374.
» https://doi.org/10.1371/journal.pone.0062374

5: Van der Sluijs JP (2013) Neonicotinoids, bee disorders and the sustainability of pollinator services.(ネオニコチノイド、ハチの障害と受粉媒介サービスの持続性)Cur Op in Env Sust 5(3-4); 293-305
» https://doi.org/10.1016/j.cosust.2013.05.007

6: American Bird Conservancy (2013). The Impact of the Nation’s Most Widely Used Insecticides on Birds(国内で最も多く使用されている殺虫剤の鳥類への影響)
» https://abcbirds.org/article/birds-bees-and-aquatic-life-threatened-by-gross-underestimate-of-toxicity-of-worlds-most-widely-used-pesticide-2/

7: Tokumoto J(2013) Effects of exposure to clothianidin on the reproductive system of male quails.(クロチアニジン曝露の雄ウズラの生殖系への影響)J Vet Med Sci 75(6):755-60
» https://doi.org/10.1292/jvms.12-0544

8: FFishel, Frederick. (2005). “Pesticide Toxicity Profile: Neonicotinoid Pesticides” (農薬毒性プロファイル:ネオニコチノイド系農薬). EDIS 2005 (13).
» https://journals.flvc.org/edis/article/view/115190

9: Mondal, S., Ghosh, R.C., Mate, M.S. et al. Effects of acetamiprid on immune system in female wistar rats. (アセタミプリドの雌ウィスターラットの免疫システムへの影響) Proc Zool Soc 62, 109–117 (2009).
» https://doi.org/10.1007/s12595-009-0012-6

10: Gu YH et al. (2013) Reproductive effects of two neonicotinoid insecticides on mouse sperm function and early embryonic development in vitro. (ネオニコチノイド系殺虫剤2種類がマウスでの精子機能および早期の胎児発達に起こすin vitroの生殖系影響)PLoS One. 29:8(7). e70112
» https://doi.org/10.1371/journal.pone.0070112

11: Abou-Donia MB et al (2008) Imidacloprid induces neurobehavioral deficits and increases expression of glial fibrillary acidic protein in the motor cortex and hippocampus in offspring rats following in utero exposure.(イミダクロプリドの子宮内曝露は神経行動障害を引き起こし、仔ラットの運動野および海馬のグリア繊維酸性タンパク質を増加させる)J Toxicol Env Health A 71(2): 119-30
» https://doi.org/10.1080/15287390701613140

12: Misaki NISHI, et al. (2022) Elucidation of the neurological effects of clothianidin exposure at the no-observed-adverse-effect level (NOAEL) using two-photon microscopy in vivo imaging. (2光子励起顕微鏡を用いたin vivo イメージングによるクロチアニジン無毒性量曝露による神経学的影響の解明) Journal of Veterinary Medical Science 84(4): 585-592
» https://doi.org/10.1292/jvms.22-0013